ミクログリアが関与する脳機能発現のメカニズム解明

(1) ミクログリアの脳親和性侵入と脳標的化ドラッグデリバリへの応用

脳は血液脳関門が存在するため、末梢からの物質や細胞の浸潤がほとんどなく、薬物や遺伝子導入が困難です。実際に正常脳ではT細胞やマクロファージなどの免疫細胞の浸潤はほとんどみられません。一方,グルコースやアミノ酸などはトランスポーター分子を介して選択的に取り込まれますが、このとき血液脳関門は崩壊しません。私たちは特殊な細胞が血液脳関門を崩壊させずに選択的に脳に侵入できることを見いだしました。これらの細胞が脳に移行する場合は血液脳関門の崩壊を伴わないことや、共焦点顕微鏡や電子顕微鏡などの観察からおそらくtrans-endothelial cell migration = トランスサイトーシス(transcytosis)によって侵入していると考えています。私たちは本来脳に存在するミクログリア細胞を調製して蛍光標識を施した後、マウス個体に血管内投与したところ、ミクログリアは末梢臓器にはほとんど移行せず、脳に特異的に集積することがわかりました。このような性質を利用して精製ミクログリアに外来遺伝子を導入し、これを末梢血管投与して脳に目的遺伝子を発現させることに成功しました。したがって、疾患遺伝子を補償するように遺伝子操作を加えたり、あらかじめ薬物を取り込ませたミクログリアを血管内に注入することによって、脳をターゲットした遺伝子治療やドラッグデリバリーシステムとして利用できると考え研究を行っています。

 最近私たちはミクログリアが脳内侵入する様式を模倣することができる分子を単離することに成功し、特許を取得しました。この分子と薬物、タンパク、遺伝子、人工担体などを結合して脳を標的化した薬物送達を目指した開発を行っています。このシステムを用いると血液脳関門を崩壊させることなくしかも他の技術に比べ脳選択制が高いほか、高移行率な脳への薬物導入が期待できるため、製薬企業と連携して脳疾患の新規な治療法として実用化をめざした開発を行っています。

(2) ミクログリアの毒性転換と神経疾患

パーキンソン病やアルツハイマー病などの神経変性を伴う疾患、脳腫瘍やてんかん、統合失調症に至るほとんどすべての脳疾患においてミクログリアの活性化がおこることが知られています。さらに、疾患に限らず脳に器質性および機能性の障害が生じたときにミクログリアは活性化され様々な生体応答を招きます。このとき、ミクログリアの活性化には2相性があり,脳内細胞を保護するような活性化とダメージを受けた細胞を積極的に排除するような活性化の両方の反応が起こります。私たちは精密に単離したミクログリアや株化ミクログリアを使って分析したり遺伝子改変することによってミクログリアの活性化には2段階のステップがあるのではないかと考えています。つまり、もともと神経保護的に作用するミクログリアが、何らかの作用を受けて毒性転換toxic changeすると考えています。最近、このような変化をPETリガンドによってin vivoでイメージングできる可能性を示すことができました。

(3) ミクログリアによる高次脳機能の調節とサブタイプ

最近になってミクログリアが記憶や学習、精神機能の発現など、脳の高次機能に深く関わっている可能性が多数示されるようになってきました。私たちは脳スライスやin vivo細胞導入したり遺伝子改変したマウス個体を用いて記憶や学習行動に対するミクログリアの導入効果について調べています。また、最近ではうつ病などの機能性疾患モデル動物にミクログリアを導入してその病態に対する作用や治療効果について検討しています。