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研究内容

研究概要

 多くの遺伝性神経変性疾患の病因遺伝子が同定されていますが、その発症や疾患進行機序に関してはいまだ解明されていません. 当研究室では神経変性疾患の病態解明を目指し、特に筋萎縮性側索硬化症(ALS)とアルツハイマー病(AD)について研究を行っています. 疾患関連遺伝子を導入したモデルマウス, 培養細胞, in vitro の系を樹立して解析し、その成果を孤発性(非遺伝性)の病態解明に応用します.

 当研究室は、これまでALSにおける神経変性の進行を神経周囲のグリア細胞の異常が加速させることを明らかにしました. 神経細胞でおこる病的変化、たとえばタンパク質やRNAの代謝異常, オルガネラ異常などに起因する変化を解明しつつ、周囲のグリア細胞で起こる病的変化を解明することが疾患の進行を制御する、すなわち神経変性疾患の治療戦略を構築するうえで重要であり、これらの解明を目指します. さらに,AD病態におけるグリア細胞が引き起こす神経炎症の役割についても研究をすすめています.

非自律性の神経変性(Non-cell autonomous neurodegeneration)

 遺伝性ALSの原因遺伝子 SOD1(superoxide dismutase 1)の遺伝子変異を全身に発現する変異SOD1トランスジェニックマウスは、これまでALSの病態研究に広く用いられてきました. 当研究室では、変異SOD1遺伝子を特定の細胞群から選択的に除去できる独自のモデルマウス LoxSOD1G37R を樹立して、ALSの発症と進行に関与する細胞群を明らかにしてきました. 運動ニューロンにおける変異SOD1がもたらす病的変化は本疾患の発症時期を規定し、グリア細胞であるミクログリア, アストロサイトにおける病的変化はその進行速度を加速することを明らかにしました(Boillee et al. Science 2006; Yamanaka et al. Nat Neurosci 2008). そして、ALSの運動神経変性はグリア細胞が関与する非自律性(Non-cell autonomous)の機序によることを証明しました(Yamanaka et al. PNAS 2008). これらの知見に基づいて、研究室では神経変性疾患の病態を細胞群ごとの視点で解明することを目標としております.

研究プロジェクト

A)グリア細胞・免疫・全身環境と神経変性疾患

1. ALS・ADにおける神経炎症, グリア・免疫連関の意義

神経細胞におけるグリア・自然免疫病態
図. ALSにおける非細胞自律性運動神経細胞死の想定機序(脊髄-末梢免疫組織)

運動ニューロン内部の病的変化の蓄積に加え、アストロサイトによるグルタミン酸のクリアランスの減少及び活性酸素の放出や 神経傷害性ミクログリアの増加による細胞傷害性サイトカイン、活性酸素の放出により、運動ニューロンにさらなる傷害が加わり病態が悪化すると考えられる。 最近、発現している変異SOD1により、オリゴデンドロサイトに細胞死が誘導され、NG2陽性細胞から再生されるオリゴデンドロサイトも異常であるため、 脱髄が起こり、代謝支持が低下することが報告された。 また、最近の研究により、浸潤免疫細胞が、ミクログリアの細胞傷害活性を制御している可能性が示唆されている。 *太い矢印は、運動ニューロン傷害性、点線矢印は運動ニューロン保護性に作用していることを示す。

 ALSやADの病巣で活性化が見られるグリア細胞(ミクログリア・アストロサイト)は、炎症性サイトカインや活性酸素などの放出を介して神経細胞の変性を加速していると考えられます. また、最近では浸潤するT細胞などの免疫細胞がグリア細胞の活性を制御することで、神経保護的に働くことが示唆されています. これらの非神経細胞を制御することで、疾患の進行を遅らせることができる可能性について研究を進めています. ALSは主として変異SOD1トランスジェニックマウス、ADは次世代ADモデルマウス(ヒト化アミロイド前駆タンパク質(Amyloid Precursor Protein; APP)遺伝子に家族性AD患者由来の変異をノックインしたマウス)を用いて解析しています. また、共同研究で疾患脳や脊髄試料を用いた遺伝子発現解析も行い、モデルマウスの解析に活用します.

2. ALSの進行を加速する因子: TGF-β1

 抑制性サイトカインとして知られるTGF-β1(Transforming Growth Factor β1)は、ALSモデルマウスや孤発性ALSのアストロサイトで発現が上昇します. アストロサイトでTGF-β1を過剰発現させると変異SOD1マウスの生存期間が短縮し、逆にTGF-β1の阻害剤を投与すると変異SOD1マウスの生存期間が延長しました. TGF-β1の過剰発現に伴い、脊髄内に浸潤する免疫細胞(T細胞)数の減少、およびミクログリアの神経細胞保護的な活性の低下が見られたことから、TGF-β1は脊髄内の神経保護的な環境を負に制御する因子であると考えられました (Endo et al. Cell Reports, 2015). 現在,TGF-β1を標的とした治療開発について検討を進めています.

3. 自然免疫・獲得免疫系によるALS・AD病態の制御

ALS病態におけるTRIF経路
図. ALSにおいて自然免疫TRIF経路は、神経保護的に機能する

 免疫反応は、先天性の自然免疫反応とリンパ球が関与する後天性の獲得免疫反応の2つに大別されます. これまで、自然免疫反応のALS病態への関与は明らかではありませんでした. 当研究室では自然免疫反応の役割を明らかにするため、自然免疫反応のセンサーであるToll様受容体の機能の鍵となる分子MyD88およびTRIFを欠損したALSマウスを作成して解析しました. その結果、TRIFを欠損した場合にのみALSマウスの生存期間が著しく短縮し、異常化したアストロサイトが病巣に蓄積しました. 本研究により、ALSにおける自然免疫系の関与と病巣で異常に活性化したアストロサイトの除去に関わるTRIFの新たな機能を明らかにしました(Komine et al. Cell Death Differ 2018). 現在、全身の免疫環境をTh1/2優位にシフトさせたALSおよびADモデルマウスを作成し、全身の免疫環境が脳のグリア細胞や病態をどのように変化させるかを解析しています.

4. ミクログリアの活性型転換誘導因子の探索

ミクログリアのM1/M2型
図. ALSにおけるミクログリアの2つの活性化状態(M1/M2)

運動ニューロン変性に伴ったミクログリアの活性化において,T細胞などの影響も受け、 過剰な炎症性サイトカインや酸化ストレス因子を産生する神経傷害性のM1と、神経栄養因子や抗炎症性サイトカインを産生し神経保護性のM2の2つの状態が存在すると考えられている.

 中枢神経系における自然免疫細胞であるミクログリアの活性型には、マクロファージと同様、神経傷害性のM1型および神経保護性のM2型の存在が示唆されており、神経変性疾患であるALSやアルツハイマー病などにおいてこれらの活性型の転換(神経保護性、いわゆるM2型、から神経傷害性、いわゆるM1型、へ)が疾患の進行を加速する可能性が考えられています(M1/M2仮説). さらに、最近では疾患ミクログリアに共通する活性化(Disease-associated microglia: DAM)という概念が提唱されています. DAMは神経保護性や傷害性をもつのか、本当に神経変性疾患に共通しているのか未解明な点が多いと考えています. 私達は神経変性疾患の病態の進行を遅延させる分子群を同定するため、DAMやM1/2仮説を手がかりにミクログリアの活性型転換誘導因子を探索する研究を行っています.

B)神経細胞内環境の破綻と神経変性機序の解明

1. TDP-43の異常がALSを引き起こすメカニズムの解明

ALSを引き起こすTDP-43の異常
図. ALSを引き起こすTDP-43の異常

TDP-43はスプライシングや転写翻訳などの制御を行うRNA結合タンパク質であり,通常は核に局在する. しかし,孤発性ALSや前頭側頭葉変性症(FTLD)などの病巣では細胞質中へのTDP-43の漏出(図A)や細胞内封入体の形成が観察される. ALSの一部はTDP-43の変異により発症することが知られているが,これまでに同定された変異の多くはC末端側に位置している(図B). 変異TDP-43が熱的安定性の向上(図C)や抗凝集性の獲得によって細胞内で異常に安定化することを明らかにし, さらに変異TDP-43の半減期が長いほど発症時期が早くなるという負の相関関係を見出した(図D).

 ALSの大部分を占める孤発性ALS(非遺伝性のALS)や認知症の一種である前頭側頭葉変性症(FTLD)の病巣に蓄積するRNA結合タンパク質TDP-43が2006年に同定されました。 TDP-43の機能やその異常が運動神経にどのような変調をもたらすのかを明らかにすることは、ALSの病態解明の本丸であると考え、当研究室でもその解析をすすめています. これまでに変異TDP-43は野生型よりも細胞内で異常に安定化すること(Watanabe et al.J Biol Chem 2013)(Austin et al. PNAS 2014), TDP-43が核内スプライソソーム因子の成熟の場であるGemに集積し、脊髄性筋萎縮症(SMA)の原因遺伝子産物SMNと結合すること, 孤発性ALSの病巣でスプライソソームの構成タンパク質(snRNPs)が異常凝集すること(Tsuiji et al. EMBO Mol Med 2013)を見出しました. また、TDP-43の蓄積により海馬の抑制性神経の傷害と認知機能低下が見られることをマウスの実験で明らかにしました(Tsuiji et al. Sci Rep 2017). 現在、これらTDP-43の異常を引き起こすメカニズムの解明を目指し、培養細胞やマウスを用いた実験を行っています.

2. 神経変性におけるオルガネラ連関破綻の意義の解明

MAMの破綻が神経変性を引き起こす
図. 小胞体・ミトコンドリア膜間領域(MAM)の破綻が神経変性を引き起こす

小胞体からミトコンドリアへCa2+イオンを輸送するイノシトール三リン酸受容体3型(IP3R3)は、通常、MAM選択的に局在している(図中、橙矢印)が、ALS病態を再現したモデルマウスでは細胞全体に局在の異常が生じる(図中、白矢頭).この異常化によって、細胞質への過剰なCa2+流入とミトコンドリアにおけるCa2+不足が生じ、神経細胞が傷害される.

 運動神経細胞は軸索の長さと細胞体の大きさという特徴から、その機能発揮に多大なエネルギーを必要としており、エネルギー産生に関わる細胞内小器官(オルガネラ)であるミトコンドリアは重要であると考えられています. ALSの病態仮説にミトコンドリア傷害, 小胞体ストレスなど、オルガネラ異常説も提唱されていますが、最近ではこれらのオルガネラが連関しているという知見が蓄積しています. 当研究室では、SOD1, SIGMAR1という異なる2つの家族性ALSモデルにおいて、タンパク質合成に重要な小胞体とエネルギー産生に重要なミトコンドリアの接触部分である「小胞体・ミトコンドリア膜間領域(MAM)」の破綻が共通した病態であることを明らかにしました(Watanabe et al. EMBO Mol Med 2016). MAMの破綻は細胞内Ca2+の制御異常を介して神経細胞死を引き起こしており、MAMを保護することでALSの治療が可能になると期待されます. 現在、MAMの異常がALSで普遍的な現象であるかの検討とMAMを維持・破綻させる分子メカニズムの解明を目指し、更なる研究を行っています.