研究内容

これまでの研究概略

遺伝情報物質であるDNAは、決して安定不変の化合物ではなく、容易に損傷を受けてしまいます。DNA損傷に対して高い感受性を示し、高頻度でがんを発症し、また、早期老化や成長阻害、神経系や免疫系の異常など、様々な病態を示す疾患が多数知られています。これらの疾患では、某かのDNA損傷対応機構に異常があるために、ゲノムが不安定化し、様々な病態を呈していると考えられます。

色素性乾皮症(XP: xeroderma pigmentosum)は、紫外線に高い感受性を示し、高頻度でがんを発症する遺伝疾患です。XPはA~G群とバリアント(V)群の8つの遺伝学的な相補性群に分類され、それらのうち、XP-A~XP-G群は紫外線などによるDNA損傷を修復する機構であるヌクレオチド除去修復機構に異常があります。益谷は、XP-C群の責任遺伝子産物複合体を同定し(Masutani et al., EMBO J. 1994)、紫外線損傷の修復機構を明らかにしてきました。一方で、XP-V群は、他のXPとは異なり、ヌクレオチド除去修復は正常で、その原因機構はなかなか明らかにされませんでした。益谷は、DNA損傷を複製する機構に着目してXP-V群の責任遺伝子産物を同定し、これが紫外線損傷を鋳型として、損傷を乗り越えてDNA複製を行えるDNAポリメラーゼであることを発見しました(Masutani eta al., EMBO J. 1999; Masutani et al., Nature 1999)。以来、様々な生物種で一群の類似のDNAポリメラーゼ(Yファミリー)が同定され、損傷乗り越えDNA複製(TLS: translesion synthesis)研究は大きく発展してきました。我々は、ヒトDNAポリメラーゼ・イータ(Polη)が、紫外線損傷の正確な乗り越え複製を担う機能構造基盤を明らかにし(Masutani et al., EMBO J. 2000; McCulloch et al., Nature 2004; Biertumpfel et al., Nature 2010)、一方で、誤りがちなDNA合成酵素としてゲノムの多様化に寄与すること(Matsuda et al., Nature 2000)などを明らかにしてきました。

私たちは、2010年9月に名古屋大学環境医学研究所ゲノム動態制御分野を立ち上げ、以下の研究を推進しつつあります。うまく展開して、ゲノム動態制御機構を包括的に理解していくことで、がん化や老化の分子基盤を明らかにし、その克服や治療に役立つはずだと信じています。私たちの研究に興味を持っていただける方は、益谷(masutani<at>riem.nagoya-u.ac.jp)までご連絡ください。(atを@に変えてください)

A myriad of lesions in DNA are caused by ubiquitous environmental and endogenous genotoxic agents. These DNA lesions can interfere with normal DNA metabolism including DNA replication, eventually resulting in mutations that leads to carcinogenesis, seneescence and/or cell death. To cope with DNA damagees, cells have multiple mechanisms such as Cell Cycle Checkpoint, DNA Repair and DNA Damage Tolerance which includes TlansLesion Synthesis (TLS). Dozens of inherited disesases are known or suspected to be caused by defects of these mechanisms. This department aims to elucidate molecular bases of cellular DNA damage resposes relating to the human disorders. We have identified human DNA polymerase eta (Polη) as the responsible gene product of Xeroderma Pigmentosum Variant (XPV) and shown that Polη catalyzes efficient and accurate TLS past unrepaired UV-induced pyrimidine dimers, therefore prevents UV-induced carcinogenesis.

主な研究テーマ

1. 損傷乗り越えDNA複製(TLS)の分子機構及びその制御機構
Polηは正確な損傷乗り越えDNA複製を担う一方で、誤りがちなDNAポリメラーゼでもあります。この諸刃の剣を、どのようにして使いこなしているのかということは、たいへん重要な研究課題です。また、ヒト細胞は、複数の損傷乗り越えDNAポリメラーゼを備えています。それらを使い分ける機構もまだほとんど明らかになっていません。私たちは、Polηを中心としたタンパク質間相互作用(Yuasa et al., Genes Cells 2006; Akagi et al., DNA Repair 2009; Kanao et al., BBRC 2009)に着目して研究を行っています。また、スライディング・クランプPCNAのユビキチン化修飾には特に着目して解析を進めています。

2.未解明のDNA損傷トレランス機構
細胞は、TLS以外にも、損傷DNAを複製する機構を備えていると考えられています。TLSを含めてそれらの機構をDNA損傷トレランスと総称します。ヒトを始めとする高等真核細胞では、それらの機構は、TLSの陰に隠れた機構であり、未だ誰もうまく検出することに成功していないように思われます。真核細胞では、あまり重要ではないとてもマイナーな機構なのかもしれません。しかし、一見それほど重要ではないように思われる機構が、ちょっと見方を変えればとても重要、なんてことは研究の世界ではよくあることです。新しいメカニズムの探索はとてもわくわくします。

3.DNA損傷対応機構間の時空間的連携機構
細胞は、DNA損傷に応答して細胞周期を停止する細胞周期チェックポイント機構、DNA修復機構、DNA損傷トレランス機構など、多重のDNA損傷対応機構を備えています。それらの相互の連携機構を明らかにしたいと考えています。特にTLSは、複製と修復をカップリングする機構と位置付けられます。また、TLSはチェックポイントのON/OFFと連携しているはずです。さらに、それらの連携様式は、細胞の種類や組織の違いなどにより異なる可能性が考えられます。それらの時空間的な多様性を明らかにしていくことで、様々なゲノム不安定性疾患における多様な臨床症状の理解に繋がると考えています。

4.DNA損傷トレランスの生物学的意義
DNA損傷トレランスとは、DNA損傷を寛容する機構です。生物は、なぜ、ゲノム上のDNA損傷を複製の前に根こそぎ修復する完璧な修復機構ではなく、ゲノム上にDNA損傷を残したまま複製する寛容機構を獲得したのでしょうか? DNA損傷をゲノム上に残しておくことに何か意味がある可能性はないのか、、、たまには、そういうことも考えてみたいと思います。

5.ゲノム動態制御機構をターゲットとした創薬研究
基礎研究の成果を活かせるように、常に念頭に置いています。

Identification and/or analysis of:
1.Regulatory mechanisms of TLS
2.Unidentified DNA damage tolerance pathways
3.Physiological relevance of DNA damage tolerance
4.Crosstalk between multiple DNA damage response mechanisms
5.Therapeutic targets for genome instability diseases